今回は、テニスの上達、とりわけ多くのプレーヤーが悩むフォアハンドストロークに焦点を当て、一般的なフォーム矯正のアプローチとは少し異なる、視覚と打球感を優先した「機能的な手打ち」のすすめについてお話しします。
最新の視覚機能や脳科学の知見に基づいた、少し新しい視点からのテニス論をお届けします。
これを読めば、あなたのフォアハンドストロークに対する意識が変わり、もっと楽に、もっと自由にボールが打てるようになるきっかけが見つかるかもしれません。
目次
フォーム矯正の落とし穴と身体感覚の曖昧さ
まず、私たちがテニスの練習をする際、どうしても見た目の「フォーム」を重視してしまいがちです。
YouTubeでプロの美しいフォアハンドストロークを見て、その腕の角度や身体の開き具合を真似しようとします。
しかし、人間の身体感覚というのは、私たちが思っている以上に曖昧なものだということをご存知でしょうか。
ある研究によると、目をつぶって両手の小指同士を合わせようとしても、正確に合わせることが難しい人が多いそうです。
これは、人間が自分の身体がどう動いているかという深部感覚だけでは、精密なコントロールが難しいことを示唆しています。
意識的な身体操作が招く「ぎこちなさ」
体幹部を意識的に固定したり操作しようとすると、脳が本来持っている自動プログラミング回路に介入してしまい、スムーズな動作や状況への適応が妨げられてしまうことさえあると言われています。
これにつきましては後述の「視覚情報の活用方法」で詳しく説明します。
「機能的な手打ち」の正体とは?
では、フォアハンドストロークを上達させるために、身体の使い方の代わりに何を意識すれば良いのでしょうか。
その答えの一つが「打球感」、つまりボールを打つ手先の感覚です。
そしてもう一つが「視覚情報」です。
実は、脳にとって「身体をどう動かすか」という情報よりも、「手先で何を感じているか」「目で何を見ているか」という情報の方が、遥かに信頼性が高く、優先度が高いと言われています。
なので、意識的に身体を動かしてフォームを作るのではなく、鋭敏な手先の感覚と正確な視覚情報を脳に入力することで、結果として身体が勝手に機能してしまう状態を作ることです。
これが、「良い手打ち」の正体です。
回転量は「振り方」ではなく「触り方」で決まる
例えば、誰もが憧れる「エッグボール」のような強烈なスピンボールを打ちたいと思った時、つい腕の軌道ばかりを気にしてしまっていないでしょうか。
「もっと下から擦り上げなきゃ」「ワイパースイングで手首を返さなきゃ」と、スイングの形をなぞることに必死になってしまうケースは非常によく見受けられます。
しかし、スイングという「通過点」に意識を奪われると、最も重要な「インパクト(到達点)」の精度が落ちてしまいます。
スピンをかけるために本当に必要なのは、ガットがボールの繊維に食い込み、それを引っ掛けて持ち上げる「手応え」を知ることです。
極論を言えば、この「引っ掛ける感触」さえ指先が理解していれば、直立不動で足を使わなくても、ボールに回転をかけることは造作もないことなのです。
人間の脳は非常に優秀で、自分にとって「心地よい」「手応えがある」と感じた感覚を、効率よく再現しようとする習性があります。
ボールをジョリッと擦り上げるあの独特な抵抗感を「これが正解の感触だ」と脳に教えてあげてください。
そうすれば、脳はその快感をまた味わうために、無意識レベルで全身の筋肉を調整し始めます。
体幹部の動き方から入るのではなく、求めている感触を追いかけた結果、気づいたら理想的な身体の使い方が出来上がっていた。
これこそが、脳科学的にも理にかなった最短の上達ルートなのです。
視覚情報の活用:バランスと集中の科学
さらに、このプロセスを強力にサポートするのが「視覚」の力です。
テニスにおいて、ボールを打つ瞬間の視覚情報は非常に重要です。
「ボールをよく見ろ」と教わることがありますが、実はこのアドバイスには大きな落とし穴があります。
なぜなら、人間の目には「中心視野」と「周辺視野」という2つの異なる機能があり、これらを状況に応じて適切に使い分けないと、かえって身体の反応が遅れたり、バランスを崩したりする原因になるからです。
また、最新の研究では、脳に入力される情報の約80%は視覚によるものですが、身体感覚(筋肉の動きなど)の情報は非常に曖昧で、誤差が生じやすい性質を持ってる事が判明しています 。
そのため、脳は視覚情報を頼りにして、自動的に身体のバランスや距離感を調整しています 。
この「脳の自動制御システム」を最大限に引き出すためには、目の使い方を科学的に理解する必要があります。
1.「周辺視野」:動きのスイッチとバランスの要
まず理解すべきなのが「周辺視野」です。
これは視界の真ん中ではなく、その周囲をぼんやりと広く捉える領域のことです。
視界の広範囲をカバーする周辺視野は、色の識別や詳細な形を捉える能力(解像度)は低いものの、動きに対する感受性が非常に高く、低遅延で情報を処理します。
そのため、敵や味方の動き、飛来するボールの気配などを「なんとなく」捉え、瞬時に体を反応させる「動きのスイッチ」として機能します。
また、周辺視野は地面や周囲の状況を捉えることで「バランスの錨(いかり)」として機能し、体幹の安定やスムーズな移動を支える役割も果たしています。
速いボールに対応する為には伝達速度が非常に速い周辺視野の活用が不可欠になります。
2.「中心視野」:認知機能の要
一方、「中心視野」は視界の真ん中のわずかな範囲(約1〜2度)を指し、文字を読んだり物体の詳細を確認したりするための高解像度な領域です。
しかし、その処理過程は複雑であり、脳が情報を認識して運動指令に変換するまでに一定の時間を要します。
中心視野の最大の役割は、「それが何か」という詳細な情報を得るための高解像度な処理です。
例えば、飛んできた物体が何かを判別する際や、向こうに立ってる相手が誰だか確認する際に中心視野を使います。
テニスにおいて、飛んでくるのはボールだと認知済ですし、向こうに立ってるのも対戦相手だと認知済みです。
3.周辺視野の使い方
そもそも上手い人はどのようにしてボールを打っているのでしょうか。
脳が周辺視野で得た「低解像度だが高速な情報」を、過去の経験(記憶)と照合して「軌道を自動予測して補完」する事によって打っているのです。
これは、高速な情報と自動予測による潜在能力を使用したハイパフォーマンスな打ち方になります。
このような経験はないでしょうか。
・相手サーブがフォルトしたので適当に打ち返す。
すると今日一番のナイスショットになった。
・至近距離から相手に打ち込まれて絶体絶命のピンチ。
しかし何故かしっかりミートして返球できた。
これらはボールをよく見てたわけでもないのに起きた現象だと思います。
逆にしっかりボールを見ようとしていたらここまでのパフォーマンスは出なかったはずです。
凝視しても打てるのはゆっくりな簡単なボールまでです。
スピードが上がる程、情報処理に時間がかかる中心視野では対応が難しくなります。
では具体的にどのようにすれば周辺視野を使った打ち方が出来るのでしょうか。
答えはシンプルなものになります。
それは
「ボールを見ながら相手の位置や動きを意識する」
これだけです。
意図的に無意識を作るのはかなり困難なので、凝視しにくい状況を作ります。
ただボールを見るのでは凝視してしまう事もあるので、常に相手を意識します。
時には画面(視界)から相手がいなくなる事もありますが、そんな時でも想像はして下さい。
思考がボールだけに集中する環境を作らなければ、周辺視野を活用できます。
周辺視野が体幹を自動制御する
視覚と体幹(ボディバランス)の関係を解説します。
先程説明しましたが、私たちは普段、無意識のうちに周辺視野(視界の端の方)を使って地面や周囲の状況を捉え、バランスを保っています。
ラリー中も同様で、ボールを凝視しながらも、なんとなく見えているコートの風景や相手の位置情報が、身体の安定性を支える「錨」のような役割を果たしています。
フォアハンドストロークを打つ時に「腰を回さなきゃ」と体幹部に意識を向けてしまうと、視界がぶれやすくこの周辺視野による自動バランス制御機能が阻害され、かえってバランスを崩しやすくなる事があります。
もちろん転倒するほどの崩れがない事がほとんですが、感じない程度の崩れでもスイングに対する体幹の機能性は落ちる事が多いです。
これが先程の説明にあった「体幹部を意識的に固定したり操作しようとすると、脳が本来持っている自動プログラミング回路に介入してしまい、スムーズな動作や状況への適応が妨げられてしまうことさえある」理由になります。
結論:結果の再現性を高めるために
ここまで読んでいただいて、正しい視覚的情報処理が出来たからといって「本当に手打ちでいいの?」と不安に思う方もいらっしゃるかもしれません。
もちろん、手先だけでコネるような打球や、手首や肘に過度な負担がかかるような打ち方は避けるべきです。
しかし、ここで言う「手打ち」とは、手先の感覚をセンサーとして使い、その感覚を実現するために身体全体が連動して機能する状態のことを指します。
逆説的ですが、手先の感覚を鋭くすればするほど、その感覚を実現するために脳はより大きな筋肉(体幹や足)を動員しようとするものです。
つまり、意識は「手」にありながら、結果として「体」が使われている。
これが理想的なフォアハンドストロークの姿ではないでしょうか。
この視点の転換こそが、伸び悩む現状を打破する鍵になるかもしれません。
動作の再現性より結果の再現性
最後に、テニスは対人スポーツであり、常に状況が変化するオープン・スキルのスポーツです。
毎回同じ場所から同じボールが飛んでくるわけではありません。
だからこそ、毎回同じフォームで打つこと(動作の再現性)を目指すよりも、毎回同じ結果を出すこと(結果の再現性)を目指す方が、実戦的で理にかなっていると言えます。
トッププロの選手でさえ、詳細に見ると動作そのものは毎回微妙にズレていることが分かっています。
それでも彼らが素晴らしいパフォーマンスを発揮できるのは、その時々のズレを視覚情報に基づいて脳が瞬時に微調整し、最終的な結果を合わせにいっているからです。
風が吹けばボールは揺れますし、相手のスピン量も毎回違います。
その変化に対応して、脳が勝手に身体を調整してくれる能力を信じてみてください。
「フォーム矯正」という言葉には、どこか今の自分を否定して、正しい形に直さなければならないという響きがあります。
しかし、「打球感の探求」という言葉には、自分の感覚を信じて、より良い感覚を見つけていくという前向きな楽しさがあります。
テニスは本来、ボールを打つことそのものが楽しいスポーツです。
その原点に立ち返り、子供のように夢中でボールを追いかけ、手に伝わる感触を楽しむ。
そんなシンプルな姿勢の中にこそ、上達の極意が隠されているのかもしれません。
あなたのフォアハンドストロークが、形に縛られた窮屈なものから、感覚に導かれた自由で力強いものへと進化していくことを心から願っています。
今日からコートに立つ時は、頭で考えるのを少し止めて、目と手、そして脳の力を信じて、ボールとの対話を楽しんでみてください。
きっと、昨日までとは違う新しいテニスの景色が見えてくるはずです。
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