前回の記事では、
フォーム(形)を意識するよりも「打球感(手先の感覚)」と「視覚情報」を優先する『機能的な手打ち』こそが、上達の近道であるとお話ししました。意識的に体を操作しようとするのをやめ、鋭敏なセンサーである手と目を信じること。それが、結果として理想的なフォームを生み出す鍵であると。
しかし、いざコートに立って実践しようとすると、新たな壁にぶつかることがあります。「手打ちでいいと思っているのに、どうしても身体が力んでしまう」「ボールを見ようとすればするほど、動きがギクシャクする」。もしあなたが今、このような感覚に陥っているなら、それはあなたの内側で起きている「インナーゲーム(内なる戦い)」が、身体の深部にある「体幹」をロックしてしまっているからかもしれません。
今回は、テニスコーチングの世界に革命をもたらしたティモシー・ガルウェイの『インナーゲーム』理論をベースに、さらに一歩踏み込んで解説します。なぜ「ボールをよく見ろ」と言われるほど身体が固まるのか。そして、「動かす」ことと「機能させる」ことの決定的な違いとは何か。これを読めば、あなたの身体を縛り付けている鎖が解け、本当の意味で身体が連動する「ゾーン」への扉が開かれるはずです。
目次
力みの震源地:なぜ「ボール凝視」が体幹を固めるのか?
テニスにおいて「ボールをよく見ろ」というアドバイスは基本中の基本です。しかし、実はこの言葉には大きな落とし穴があります。真面目なプレーヤーほど、この言葉を「ボールを凝視(一点を強く見つめること)しなければならない」と受け取ってしまいます。
目から始まる「力みの連鎖」
実は、力み(過剰な緊張)の発生源は「目」にあることが多いのです。ボールの文字が読めるほど強く凝視しようとすると、目の周りの筋肉が緊張します。人体の構造上、目の緊張は首の後ろ(後頭下筋群)の緊張を誘発し、それが肩(僧帽筋)へと伝わり、最終的には体幹部(背骨周辺の深層筋)をガチガチに固めてしまいます。
体幹部は、テニスの動作においてエンジンの役割を果たす場所であり、運動連鎖(キネティック・チェーン)の中心です。ここが固まると、下半身からのパワーが腕に伝わらず、結果として腕力だけで無理やり振る「悪い手打ち」にならざるを得なくなります。「リラックスして!」と言われてもできないのは、あなたがボールを「見ようとして力んでいる」からかもしれないのです。
周辺視野で「見送る」感覚
前回の記事で「周辺視野の重要性」をお伝えしたのは、このためです。ボールを見る時は、獲物を狙う鷹のように睨みつけるのではなく、景色全体の中でボールの軌道をぼんやりと捉える「ソフトフォーカス」を活用すべきです。
眼球をキョロキョロ動かしたり、一点を凝視して首をロックしたりするのではなく、リラックスした状態でボールの動きを目で「追う」のではなく「見送る」。そうすることで、目と首の力が抜け、結果として体幹部がリラックスし、本来のしなやかな動きが可能になるのです。
あなたの中に住む「2人のプレーヤー」:セルフ1とセルフ2
ここで、インナーゲームの核心理論である「2つの自己」について整理しましょう。ガルウェイは、私たちの内面に「セルフ1」と「セルフ2」というプレーヤーが存在すると提唱しました。
セルフ1(命令者): 言語で考え、判断し、命令する自分。「膝を曲げろ」「もっと引け」「今のミスは最悪だ」と喋り続ける意識的な自我。
セルフ2(実行者): 言葉を持たず、感覚とイメージで動く自分。膨大な筋肉の連携を一瞬で計算し、無意識に身体を操る本来の能力者。
スランプや力みの原因は、すべて「セルフ1がセルフ2の仕事を奪おうとする」ことにあります。
体幹の連鎖は「セルフ1」には扱えない
テニスのスイングは、股関節→足首、股関節→背中→肩→肘→手首と続く、非常に複雑な運動連鎖によって成り立っています。この連鎖をスムーズに行うためには、何百もの筋肉を数ミリ秒単位で協調させる必要があります。
残念ながら、言語で命令するセルフ1の処理能力では、この複雑な連鎖を管理することは不可能です。セルフ1が「腰を回して、次に肩を…」と意識した瞬間、連鎖は途切れ、ロボットのようなカクカクした動き(=動かしている状態)になってしまいます。
一方、セルフ2はこの連鎖を無意識に行う能力を持っています。滑らかに鞭のようにしなるスイング(=機能している状態)は、セルフ1が沈黙し、セルフ2に体幹のコントロールを完全に委ねた時にのみ発生します。つまり、体幹部という重要パーツこそ、絶対にセルフ1に触らせてはいけない「聖域」なのです。
「動かす」と「機能させる」の決定的な違い
ここで重要なのが、「身体を動かす」ことと「身体を機能させる」ことの違いです。
動かす(Move): セルフ1の領域。「ここをこう動かそう」と意識的に筋肉を収縮させること。主観的努力が伴い、部分的で、力みを生みやすい。
機能させる(Function): セルフ2の領域。目的(ボールを打つ)のために、身体が自動的に連動すること。無意識的で、全体が調和し、効率が良い。
私たちが目指すべき「機能的な手打ち」とは、手先というインターフェースを通じて、結果として体幹部を「機能させる」ためのメソッドです。
なぜ「手打ち」が体幹を機能させるのか?
逆説的に聞こえるかもしれませんが、意識を身体の中心(体幹)から遠い「手先」や「ラケット」に集中させることで、体幹は自由になります。
もし「腰を回そう」と体幹そのものを意識すると、セルフ1が介入して体幹をロックしてしまいます。しかし、「ラケットの真ん中で、ボールを厚く捉えたい」という手先のタスク(任務)だけに集中していれば、セルフ2はそのタスクを遂行するために、無意識のうちに体幹を最適に使い始めます。
「手打ち」というのは、手だけで打つことではありません。「手の感覚を頼りにすることで、セルフ1を末端に引き付け、その隙にセルフ2に体幹を自動運転させる」という高等戦術なのです。
正しいフォーム指導のあり方:手打ちにならないための手打ち
では、フォームの指導は不要なのでしょうか?そうではありません。ただし、その目的が変わります。 従来の指導が「身体の動かし方(形)」を教えるものだとしたら、インナーゲーム的な指導は「効率的な触り方(感覚)」を教えるものです。
例えば、「もっと腰を入れて」と教える代わりに、「もっとボールに強くぶつけて」と伝えます。あるいは「最後まで振り抜いて」と言う代わりに、「打点後に背屈して抜け感出して」と伝えます。
効率の悪い手打ち(悪い手打ち)をしている人は、触り方が非効率です。擦りすぎたり、弾きすぎたりしています。 コーチの役割は、その人が「最も効率よく力を伝えられる触り方」に気づけるように導くことです。「この触り方をすると、楽に飛ぶな」「この感触だと、回転がかかるな」。その正解の感覚(打球感)さえ分かれば、セルフ2はそれを再現するために、勝手に膝を使い、腰を回し始めます。つまり、「手打ちにならない(体幹が機能する)ための、究極の手打ち(触り方)」を教えることこそが、真のフォーム指導なのです。
セルフ1を黙らせる実践テクニック
理論は分かっても、コート上でセルフ1を黙らせるのは簡単ではありません。そこで、凝視による力みを防ぎ、セルフ2を解放するための具体的な練習法を紹介します。
1. バウンス・ヒット(呪文で意識を埋める)
これはインナーゲームで最も有名なドリルです。相手が打ったボールがバウンドした瞬間に「バウンス」、自分が打つ瞬間に「ヒット」と声に出す(または心で唱える)だけです。
ポイントは、ボールを「凝視」するのではなく、リズムを「感じる」ことです。セルフ1が「いつバウンドするか?いつヒットするか?」というタイミング合わせに忙殺されている間は、「肘を上げろ」「失敗するな」といった余計な命令を出せなくなります。この空白の時間に、セルフ2が驚くほどスムーズに身体を連動させてくれます。
2. 聴覚フォーカス(音だけを聴く)
視覚はセルフ1を刺激しやすい(ミスが見えるため判断しやすい)感覚ですが、聴覚はより直感に近く、セルフ2にアクセスしやすい感覚です。
ボールの縫い目を見ようとして目が力んでしまう人は、視覚のスイッチを少し切り、「音」に集中してみてください。ガットがボールを捉える「パコーン」という音。その音の響き、高低、クリアさだけに耳を澄ませます。「良い音を鳴らそう」とする必要さえありません。ただ「今の音はどうだったか」を聴くだけです。耳に意識を向けると、不思議と目の力が抜け、首や肩の緊張が解けていくのが分かるはずです。
3. 非判断的観察(ジャッジをやめる)
ミスをした時、セルフ1は「ダメだ!」「また手打ちになった!」と即座に批判(ジャッジ)します。この批判がストレスとなり、次の力みを生みます。
代わりに、鏡のように事実だけを観察してください。「アウトした」と嘆くのではなく、「ボールがベースラインを20cm越えた」という事実だけを見る。「力んだ」と責めるのではなく、「打点でラケット先端の動きが止まった」とただ認識する。
感情を含まない客観的なデータさえ与えれば、セルフ2は「抜け感を優先しよう」「次は打点後背屈しよう」と自動修正機能を発動させます。赤ちゃんが転んでも反省せずに立ち上がり方を覚えるように、セルフ2の学習プロセスを邪魔しないことが大切です。
結論:コントロールを手放すことで、コントロールを得る
「体幹を使え」「ボールを見ろ」というアドバイスを守ろうとして、かえって体幹を固め、視野を狭くしていた。このパラドックス(逆説)に気づくことが、上達への大きな一歩です。
テニスにおいて、あなたがコントロールすべきなのは「身体の動き」ではありません。「意識の向け先」です。 意識(セルフ1)は、手先の感覚やボールのリズム、音といった「外部情報」に向けてください。そして、身体の連動(セルフ2)は、信頼して任せてください。
「動かそう」とするのをやめ、「機能する」のを待つ。 「見よう」とするのをやめ、「見える」のに任せる。
この「委ねる」感覚が掴めた時、ボールはあなたの思った通りの軌道を描き始めます。それは、あなたが必死にコントロールして打ったボールよりも、はるかに力強く、そして美しいボールであるはずです。今日からの練習では、ぜひ「頑張らない勇気」を持って、あなたの中のセルフ2が奏でる自由なリズムを楽しんでみてください。
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