前回の記事では「テニスの起源から現代までの道程」という、少し大きな歴史の話をしました。
今回はそこからグッと焦点を絞り、近代テニス史を参考に私たちが日々向き合っている「フォーム(打ち方)」について深掘りしていきたいと思います。
皆さんは、テニスコートでこんな経験はありませんか?
「体全体を使って大きく振れ!」 「ボールを押し込め!」
コーチや先輩から何度も言われてきた、これらのアドバイス。 「言われた通りにやっているはずなのに、なぜか上手くいかない…」 「昔はこれで入っていたのに、最近の速いテニスだと振り遅れてしまう…」
もしそう感じているとしたら、それはあなたのセンスがないからではありません。 そのアドバイスが「化石」になっている可能性があるからです。
今回は、これまでの常識を少し疑い、「フォームは機能性を追求してデザインされたものではなく、失敗から逃れるために進化してきた」という視点で、テニスのストローク(主にフォアハンド)の真実を、歴史と科学の両面から解き明かしていきたいと思います。
この記事を読み終える頃には、あなたのテニス観、そしてコートでの景色がガラリと変わっていることをお約束します。
目次
進化の正体 〜キリンの首とテニスのフォーム〜
まず最初に、テニスのフォームを考える上で最も重要な「視点」の話をさせてください。
テニスの技術論には、大きく分けて2つの「進化の捉え方」があります。
1. 論理的デザイン説(機能重視)
これは、「ボールを速く飛ばすためには、物理的にこう動くのが正解だ」と、ゼロベースで理想の形を設計しようとする考え方です。 「エンジンの出力を上げるにはピストンを大きくすればいい」といった機械工学的な発想に近いですね。多くの指導書やハウツー本は、この視点で書かれています。「理想のフォーム」という正解が先にあり、そこに自分を当てはめていくスタイルです。
2. 失敗からの適応説(生存重視)
今回、私が提唱したいのはこちらです。 これは、「既存の道具や環境において、ミス(失敗)や怪我(危険)を回避しようと試行錯誤した結果、生き残った動きが今の形になった」という考え方です。
これは「進化論」に似ています。 キリンの首は、高い木の葉を食べるために「意図的に伸ばした(デザインした)」のではありません。首の短い個体が淘汰され、偶然首の長かった個体が生き残った(適応した)結果、今の形になりました。
テニスのフォームも同じです。 「カッコいいから」「合理的だから」今のフォームになったのではありません。 「その時代の道具で、その打ち方をしないと負けてしまう(生き残れない)」という切実な理由があったからこそ、フォームは変化してきたのです。
僕が昔からあるアドバイスを疑ってかかるのは、この「進化の必然性」を信じているからです。 テニスは道具を使うスポーツです。道具が変われば「失敗」の定義が変わり、失敗が変われば「適応(フォーム)」も変わります。 つまり、「進化なき不変の原理原則」などごく僅かであり、現在指導されているアドバイスの中には、すでに淘汰されるべきものが多数含まれているはずなのです。
近代テニス史 〜「飛ばない」恐怖から「飛びすぎる」恐怖へ〜
では、具体的にどのような「失敗」と「適応」を経て、現代のストロークが完成したのか。その歴史の旅に出かけましょう。
1. 木製ラケット時代(〜1970年代前半):飛ばない失敗への適応
時計の針を50年ほど戻しましょう。 当時のラケットは木製(ウッド)でした。フェース面積は今のラケットの半分ほど(約65〜70平方インチ)しかなく、重量は400g近くもありました。 この道具における最大の「失敗(リスク)」は何だったでしょうか?
答えは、「飛ばないこと」です。
木はしなりませんし、反発力もありません。芯を外せば手に激しい衝撃が走り、ボールはネットに突き刺さります。 この「飛ばない」という環境に適応するために生まれたのが、以下の技術です。
コンチネンタルグリップ(薄い握り): 面を操作しやすく、低い打点に対応するため。
スクエアスタンスと大きな体重移動: 重いラケットを支え、全身の体重をボールに乗せて運ぶため。
リニア(線形)なスイング軌道: 「後ろから前へ」長く押し込むことで、飛ばないボールを深くに運ぶ。
当時の「ボールを運ぶように打て」「横を向いて大きく踏み込め」という指導は、飛ばないラケットで生き残るための、あまりにも正しい生存戦略だったのです。
2. 転換点:異端児ボルグと破壊者レンドル(1970年代後半〜80年代)
この「飛ばない時代の正解」を最初に壊したのが、氷の男、ビヨン・ボルグでした。 彼は木製ラケットを使いながらも、極端なウエスタングリップ(厚い握り)で強烈なトップスピンをかけました。
なぜ彼はそんな「変な打ち方」をしたのでしょうか? それは、彼が「ネットミスという失敗」を極端に嫌ったからです。 ボールの軌道を高く上げればネットはしません。しかし、そのままではアウトします。そこで、強烈な順回転(トップスピン)をかけて急激に落とす。 彼のフォームは、「絶対にミスをしない」という執念が生んだ突然変異でした。
続いて1980年代、カーボン素材のラケットを手にしたイワン・レンドルが登場します。 彼はラケットの進化(パワー)をいち早く察知し、つなぐだけでなく「ベースラインから打ち抜く」という攻撃的なテニスを確立しました。 彼らの登場により、テニスは優雅なラリーから、パワーとスピンが支配する格闘技へと変貌を遂げ始めます。
3. 素材革命と「飛びすぎる失敗」(1990年代〜現在)
1990年代に入ると、ラケットの進化は加速します。「厚ラケ(デカラケ)」に代表される、軽量で高剛性(硬くて弾く)なラケットが主流になりました。
ここで、プレイヤーが直面する「失敗」の種類が劇的に変わります。 かつての「飛ばない恐怖」は消え去り、代わりに「飛びすぎてコートに入らない(アウトする)恐怖」が襲いかかってきたのです。
「昔の良い打ち方(フラットで押し込む)」をすると、高性能なラケットではボールがバックフェンスまで飛んでいってしまいます。 この「過剰なパワー」を制御するために、選手たちはスイングの方向を修正せざるを得ませんでした。 ボールを「前」に飛ばすエネルギーを、「上」方向へのエネルギーに変換し、回転量に変える。 こうして、スイング軌道は水平から上方向へと進化していきました。
現代のプロ選手が、体幹を激しく捻り、下から上へとラケットを振り上げているのは、ただ攻撃しているだけではありません。 彼らは「フルスイングしても絶対にアウトしないための安全装置(スピン)」を作動させているのです。
黒い糸の革命 〜ポリエステルガットとスナップバック〜
現代テニスを語る上で、絶対に避けて通れないのが「ポリエステルガット」の存在です。 1997年、グスタボ・クエルテンが全仏オープンで優勝した時、彼のラケットには無骨な「黒い糸」が張られていました。これがテニスの物理法則を書き換えました。
なぜポリガットは「革命」だったのか?
当初、ポリエステルは「硬くて飛ばない、腕に悪いガット」として、一般プレーヤーからは敬遠されていました。 しかし、科学的な解析が進むにつれて、ある驚くべき現象が発見されます。 それが「スナップバック」です。
従来のナイロンガットは、打つたびにガットがズレて戻らない(目が寄る)ことが多かったのですが、ポリエステルは表面がツルツルしていて摩擦が少なく、硬さがあります。 これにより、インパクトの瞬間にガットが大きくズレて、バネのように一瞬で元の位置に戻る現象が起きます。 この「強制的な復元力」がボールのフェルトに食いつき、猛烈な回転(スピン)を与えることが判明したのです。
「スピンのパラダイムシフト」
昔の常識: スピンは「擦る」もの。ラケット面を傾けて、ボールの表面を薄く削るように打つ。
今の常識: スピンは「潰して弾く」もの。ボールを厚く捉え、ガットのスナップバックで回転をかける。
この進化により、現代の選手は「ボールを叩き潰すような厚い当たり」と「強烈なスピンによる急降下」を両立できるようになりました。 飛びすぎるラケットのパワーを、ポリエステルガットの回転性能がコート内にねじ込む。 現代テニスは、この「ラケット(矛)とガット(盾)」の絶妙なバランスの上に成り立っているのです。
一般プレーヤーのリアル 〜「時間」という資源の枯渇〜
さて、ここまではプロや道具の進化の話でしたが、ここからは私たち「一般プレーヤー」の話をしましょう。 「プロの話は次元が違うから参考にならない」と思いますか? いいえ、実はプロ以上に深刻な影響を受けているのが私たちなのです。
愛好家のスピードも上がっている
ラケットとガットの進化は、誰にでも平等に恩恵を与えます。 昔ならチャンスボールになっていたような打ち損じが、現代のラケットなら鋭いボールになって飛んできます。 つまり、週末プレーヤーのレベルでも、昔に比べてラリーのスピードが格段に上がっているのです。
スピードが上がるということは、どういうことか。 それは、「準備するための時間」が奪われるということです。 現代テニスにおいて、最も希少で重要なリソースは「時間」です。
「大きく体を使う」指導の終焉
ここで、冒頭の「昔のアドバイス」の話に戻ります。 「勢いを出すために、エンドキャップをボールに向けて、大きく踏み込んで、体全体を使え!」
この指導は、時間がたっぷりあり、自力で飛ばさなければならなかった時代の遺物です。 現代の「時間がない」高速テニスの中でこれをやろうとすれば、どうなるでしょうか? 間違いなく「振り遅れ」ます。 打点が食い込まれ、ラケット面が開いてミスをする。現代において「大きな動作」は、パワーを生むメリットよりも、振り遅れるというデメリットの方が遥かに大きいのです。
新しい技術の中心は「アジャスト」と「コントロール」
現代の一般プレーヤーに必要な技術は、パワーの生成ではありません。パワーは道具が出してくれます。 必要なのは、「道具のパワーを邪魔せず、相手のスピードに遅れないように合わせる(アジャストする)」能力です。
- テイクバックはコンパクトに完了させる。
- 大きな体重移動よりも、ボディバランス(軸)を保つ。
- 自分から打ちに行くのではなく、飛んでくるボールの力を利用する。
これらが、現代のスピード環境における「正しい生存戦略」なのです。
ワイパースイングの真実 〜形を追うな、理を追え〜
現代テニスの象徴とも言える「ワイパースイング(ウインドミル)」。 ラケットを車のワイパーのように動かすこの打ち方も、多くの誤解を生んでいます。
誤解:「手首をこねて回転をかける」
YouTubeなどで見様見真似をして、「スピンをかけようとして手首をワイパーのように動かしている」人がいますが、これは非常に危険です。 ラケットヘッドの重さを手首の力だけで操作しようとすると、手首や肘(テニスエルボー)への負担が激増します。 また、手先でこねるとインパクトが薄くなり、現代の重くて速いボールには簡単に弾かれてしまいます。
真実:「行き場を失ったラケットの逃げ道」
正しいワイパースイングは、意図的な動作ではなく「結果」です。
- 飛びすぎるラケットを使い、アウトを防ぐためにスイング軌道を「下から上(縦)」にする。
- インパクトの後、ラケットは慣性で上方向に進み続ける。
- しかし、腕の長さには限界があるため、そのままでは肩が抜けてしまう。
- そこで、肘をたたみ、ラケットを体の反対側(横)に逃がすことで衝撃を吸収する。
これがワイパースイングの正体です。 つまり、「思い切り縦に振っても怪我をせず、かつコートに収めるために、自然とあの形に落ち着いた」のです。
イメージしてほしいのは、「こねる」のではなく「通過させる」感覚です。 前腕とラケットを一本の棒のように固定し(ドリルスイング)、脱力して振り抜く。そうすれば、ラケットヘッドの重さと遠心力によって、勝手にワイパーのような動きが発生します。 「形」から入るのではなく、ラケットという「物体」をいかに効率よく扱うか。そこに着目することが習得への近道です。
結論 〜進化の波にどう乗るか〜
長くなりましたが、テニスのフォーム進化論、いかがでしたでしょうか。
歴史を振り返ることで見えてきたのは、 「フォームとは、その時代の道具の欠点を補い、失敗を防ぐための最適解である」 という事実です。
- 木製ラケット時代は「飛ばない失敗」を防ぐために、押し込んでいた。
- 現代は「飛びすぎる失敗」を防ぐために、回転をかけている。
- そして「時間がない失敗」を防ぐために、スイングをコンパクトにしている。
もしあなたが今、伸び悩んでいるとしたら、それはあなたの能力のせいではなく、「OS(フォームの常識)」のバージョンが古いだけかもしれません。 iPhone 16にWindows 95をインストールしようとしても動かないように、最新のラケットに木製時代の打ち方を当てはめても機能しません。
あなたが明日からできること
「押し込む」意識を捨てる: 衝突は一瞬です。長く押そうとせず、インパクトの瞬間の「弾き」と「回転」を信じてください。
「回転」を主役にする: スピードは二の次です。まずは「高い軌道でもベースライン際で急降下して入る」スピンの感覚を養いましょう。それが現代の「安定」です。
道具を信じる: 無理に自分の力で飛ばそうとせず、ラケットとガット(特にポリならスナップバック)の仕事を邪魔しないスイングを心がけてください。
テニスは変化し続けています。 進化なき不変の原理原則(物理法則など)は大切にしつつ、淘汰されるべきアドバイスは見極めていく。 「なぜその動きが必要なのか?」を常に問いかけ、失敗から学び、変化を恐れずに進化していく。 それこそが、テニスという奥深いスポーツを長く楽しみ、上達し続けるための唯一の道だと、僕は信じています。
さあ、次の練習では、新しい「景色」を楽しみに行きましょう!
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